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2007年10月12日 (金)

20年前・30年前

 オール柏崎陳情団が本日永田町、霞ヶ関を練り歩く。既に柏崎のことなど忘れている住民諸氏を起こしてきて頂きたい。

  さて、秋とは「飽き」の季節である。春、心がふくらみ、それを「張る」と言い、芽生えた恋は夏、熱くなり、そして、鹿の無く声は、悲しき失恋の涙である。と女子美で教えていたのは既に20年以上前である。私も東京を離れ、既に17年となる。様々なことがあって、東京もどんどん変わっていく。来週、随分久しぶりだが上京する。お上りさんである。友人・知人たちとの酒も楽しみである。また、江戸東京博物館で開かれている「文豪・夏目漱石展」も楽しみである。

 その漱石が書いている。

 現今日本の社会状態と云うものはどうかと考えてみると目下非常な勢いで変化しつつある。それに伴れて我々の内面生活と云うものもまた、刻々と非常な勢いで変りつつある。瞬時の休息なく運転しつつ進んでいる。だから今日の社会状態と、二十年前、三十年前の社会状態とは、大変趣きが違っている。違っているからして、我々の内面生活も違っている。すでに内面生活が違っているとすれば、それを統一する形式というものも、自然ズレて来なければならない。もしその形式をズラさないで、元のままに据えておいて、そうしてどこまでもその中に我々のこの変化しつつある生活の内容を押込めようとするならば失敗するのは眼に見えている。   「中身と形式」(明治44年)

 

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