老犬ハッピーの死
ハッピーが死んだ。昨夜0時過ぎに見に行ったところ買ってきたばかりのアクリル小屋から出て、入れないでいたので、入れてやった。ハッピーは吠えることもなくそのまま入った。私は「お休み」と声をかけ、2階に上がった。
5時過ぎに目が覚めた。今日入っている予定表を塾に忘れてきたので、取りに戻り、そして6時過ぎ、自転車小屋を開けた。ハッピーは死んでいた。ハッピーは自ら望むがごとく死んでいた。もちろんそれは望んだものではないはずだが、なぜかその姿には彼の覚悟めいたものを見た。私は、綱をほどきハッピーの体を横たえた。周りを片づけた。
母がトイレに降りてきて、その母に告げた。そして、私は、長男、次男、三男、そして女房、父に告げた。子どもたちには「ハッピーが死んだ。降りてきておまいりしてやってくれ」と声をかけた。3人とも寝ぼけ眼ながらも、事態を感じ、文句も言わずに降りてきてくれた。
私は、全員がハッピーの姿を見た後、山の畑にハッピーの遺体を運び、埋葬した。寂しくないよう母がいつも使う農作業小屋の近くで、そしてたぶん夕日がきれいに見えるところである。
私はハッピーを連れ、妙高にも行った、佐渡にも渡った、米山にも登った、川下りにも連れて行った。私が柏崎に戻ってきて以来常にハッピーがいた。
先般、きのこが採れたとき、さて誰に差し上げようかと迷いながら運転していた。日曜日のことである。道ばたに男性がいた。その男性のお父さんは私の大先輩であった。そして、小野梓氏の「民は国の基、吏は民の僕」という言葉を教えてくださった方である。お孫さんは16年前、開いたばかりの塾生第1号になってくれた。そして、そのご兄弟から生まれたばかりの子犬を頂いた。それがハッピーである。
私は運命論者ではないつもりだが、このたびはそれを感じる。そして、ハッピーにすまない気持ちも少し残しながら、土をかけた。
さっき長い昼が終わり、営業時間に向け車を塾に走らせていた。ハッピーそっくりの犬が元気そうに散歩していた。その時初めて目が熱くなった。ハッピーごめん。けれどもありがとう。本当にありがとう。
昼間、父母が菩提寺のお坊さんに頼んでお経を上げてもらったはずだ。16歳であった。
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