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2007年11月 5日 (月)

残念無念

 誰にも原則というものはある。少なくとも政治に携わるものにとってはそうあって欲しい。小沢一郎氏の原則:プリンシプルは安全保障。この前に、年金や消費税などという論議は意味のないものなのだろう。無論、党分裂とか政界再編というのはプリンシプルを貫き実現する手段であって目的ではない。

  「せっかち」「壊し屋」「独断専行」「悪い癖」

 小沢氏への批判の大合唱である。何れも当たっているのだろう。

 また、

 「民主党はいまだ様々な面で力量が不足しており、次期衆院選での勝利は厳しい情勢にある」

 という小沢氏の分析も正鵠を得ている。

 私はいまだ小沢氏を応援したい。ただ、党首選の時にビスコンティの「山猫」から「私が変わらなければならない」と引いたあの演説をもう一度、ほんの少しでもいいから思い出して頂きたかった。

 柏崎

 残念ながら地震に隠れ、もしくは隠しているものがたくさんある。

 私にとっての、言うまでもなく柏崎にとっての、安全保障は原子力発電所である。しかし、それさえも隠されている。見て見ぬふりを続けている。そして、地震後柏崎は何も得られていない。柏崎のための、日本のための、原子力政策、エネルギー政策は変革のための大きな機会を失いつつある。

 残念。いや無念である。

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