長岡で考えたこと
今日はいい天気だ、桜井はいない、ああどうせ山に行ったんだろう、と思われた方は残念でした。山は明日。今日は家人に同道して長岡の病院に行って来た。
いつもこの病院に行って感心するのは挨拶だ。見知らぬ私たちにさえ、職員たちが会釈をする。気持ちがよい。また、柏崎からと知った看護師さんが、「帰りもお気をつけて」と声をかけてくれる。
この病院にはPET(陽電子放出型断層撮影装置)が備えられている。柏崎には無い。家人はSPECT(単光子放射線コンピュータ断層撮影)を行うのだが、これはたしか刈羽郡病院でもできたと思う。それぞれ放射線を使った検査であるわけだが、私は3年前の選挙で、60億円の環境共生公園という計画をダイエットし、こういった医療体制充実に振り向けることを公約していた。陽子線や重粒子線治療とまで行かなくとも、PET本体、付帯設備を含めても数億円単位のオーダーだったと思う。マンパワーなどの課題を含みながらも、CTやMRIとの組み合わせの中で、ガン検診の強力な一手となったであろう。
柏崎にある独立行政法人新潟病院(国療)もせっかく残して頂いたのにその力を十分に機能させていないと思う。
地震後、柏崎の政策課題が隠され、忘れられつつある。医療体制の充実はどの地域も願うことだが、今や医師、看護師の奪い合いである。地震の柏崎に同情している暇なく、それぞれの地域が奔走している。必死である。
以前も書いたが私は陽子線治療装置について学ぶためアメリカに行ったことがある。10年以上前であろうか。放射線治療もこの間随分進み、日本各地で放射線治療が進められている。
人の命は何物にも代え難い。そして、国策を担う柏崎が、そして潜在的なリスクを抱える原子力発電が存在するまちに最先端の医療施設があっても何ら不思議はない。自然な話だ。
このまちで子どもたちは育っていく。その過程で難儀を得たならば、柏崎が責任を持ってその難儀の一端を担う、カヴァーしてあげることができるまち。
人生の終末を少しでも穏やかに過ごすことができる体制。そのためには経済力。原発の存在をしたたかに使わなければならない。
私だって未だ山で考えることもあるのだ。
あっ、山は明日、明日。
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