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2008年1月31日 (木)

小田原・幕府・柏崎

 昨夜のNHK「その時歴史が動いた」は示唆を与える。NHKHPによる番組の概要はこうである。

 「江戸中期の宝永4年、富士山がおよそ850年ぶりに大噴火。最大3mもの厚さに降り積もった火山灰は農民たちの暮らしを直撃する。特に山麓・小田原藩を流れる酒匂川(さかわがわ)は降灰の影響で川底があがり大雨のたびに氾濫、ついには川筋が変ってしまうほどの被害を受け復興は困難をきわめた。前代未聞の状況に小田原藩はなす術もなく、復興はまもなく幕府の手にゆだねられることになる。
 この難事業に取り組んだのは将軍・徳川吉宗。吉宗は川崎の元名主で地方立て直しの名手として知られた田中休愚(たなか・きゅうぐ)とともに酒匂川治水に着手する。しかし2人の前には襲いかかる豪雨や、工事業者の偽装、そして地元農民たちの分裂などさまざまな困難がたちはだかる。」

 幕府は小田原藩の約半分を天領として、直轄で災害復興に取り組んだ。工事業者の偽装、とあるのは江戸の豪商たちが将軍から直に与えられた財源を遊興費などに使い、粗悪な材料を使い、かつ手抜き工事を行い、私腹を肥やした、ということだったらしい。本来なすべき川の堤防は用をなさず、決壊が続いたという。田中休愚らが体制を立て直し、復興に当たった。田中は地元業者を大切にし、地域民に公平な政を行い、融和をはかり、復興の目途がついたのは76年後だったという。幕府は天領とした土地を小田原藩に返した。

 柏崎は大きな声を上げるべきなのだ。

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