少し変わる一歩
2008年元旦
稀にみる快晴の空に昇った太陽は
この世界を丸ごと明るく照らしているかのような
真っすぐな光でした。
その陽の下で私の一歩も
真っすぐに力強く踏み出しました。
教え子からのメールである。初日の出の写真と共に送ってくれた。ありがとう。
彼女は新進気鋭の芸術家である。世界的に有名な芸術家を父に持つ彼女は、お父様と同じ道を歩んでいる。であるが故に尚更厳しいものであろうと想像できる。だが、彼女の情熱は多くを期待させる。
20年前、私は彼女と同じ教室にいた。そして、その学校で「寛容」ということを学んだ。教えて頂いた。恩師からである。友人からである。生徒からである。
昨日のテレビで「寛容」という言葉が出てきた。ローマをテーマにしたその番組で、ユリウス・カエサルが取り上げられた。正月の民放らしく芸能人が勢揃いで、いささか力が抜けるのだが、ともあれ、「寛容」が出てきたのだ。
寛容を求めたカエサル。寛容であるが故に殺されたカエサル。旧態依然のシステムを変えようとしたカエサル。であるが故に殺されたカエサル。個人がもつ資質の可能性と限界、展望と危険。
さて、元旦の日経は1面トップで「沈む国と通貨の物語」と見出しを打った。漱石の引用は中途半端な印象を受けたが、続く連載で、昨日は与謝野馨氏のインタビューが出ている。与謝野氏のコメントには「焦り」と断言してもいい危機感が見えた。
私は柏崎を日本になぞらえている。前から書き続けている。安全保障、食糧、エネルギー。この三つは不安定の度が増してきている。国や自治体はそう簡単には無くならない。けれどもいともたやすく二流に落ちる。
インド、中国、特に中国は隣国である。それこそパクス・ロマーナではないが、パクス・アメリカーナで、安定し、発展してきた日本。今、経済的、政治的ポジションが失われつつある。
英人は天下一の強国と思へり。仏人も天下一の強国と思へり。独乙もしか思へり。彼らは過去に歴史あることを忘れつつあり。羅馬は亡びたり。ギリシャも亡びたり。今の英国仏国独乙は亡ぶの期なきか。日本は過去において比較的に満足なる歴史を有したり。比較的に満足なる現在を有しつつあり。未来は如何あるべきか。自ら得意になるなかれ。自ら棄つるなかれ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内に虚にして大呼するなかれ。真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来になつて現はるべし。(明治三十四年三月二十一日 夏目漱石)
私も出来る限りもがきたいと思う。皆さんにも一緒にもがいて頂きたいのです。教え子のように力強い一歩ではないが、柏崎に元旦の太陽は見えなかったが、やはり柏崎は「少し変わる」一歩を選択しなければならないのだと確信した。
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