不透明感は花と笑いで撃破
私だったら今、花を植える。一鉢いくらでもないポインセチアやパンジーの花を柏崎の全世帯に配る。そして、玄関先に飾ってもらおう。もちろん寄付として受け取ることもすばらしい。
さて、アイオワ州ではオバマ氏が勝った。東京証券取引所では株全面安となった。4日のニューヨーク株式市場も失業率や農業者以外の雇用増加幅が予想を大きく下回ったことを懸念材料として急反落した。原油は1バレル100ドル前後で高止まりしている。東電の東通り原発が耐震安全性の見直しから着工が1年延期される。以上は新聞から。
昨日の賀詞交換会に出た方々から、「昨年にましてそれぞれ政治家の挨拶が良くなかった」という声を聞いた。毎年判で押したような、という声も届いた。
不透明感、という言葉があちこちで見られる。
讀賣新聞は今朝の1面「日本の知力」で「笑いは進化の証し」と見出しを付けた。続いて2面で桂文珍師匠による笑いの分析を掲載している。それに由れば、笑いには縦の笑いと横の笑いがあって、今の時代「横の笑い」の意義を語っている。成熟した社会では仲間同士の「横の笑い」が増える、という分析だ。
私にも一言言わせて頂きたい。何といっても私の卒論は説話文学における「笑い」の研究である。笑ってはいけない。
日本にも、特に柏崎には「笑い」が少なくなったように思う。更に言えば柏崎市議会には笑いが無くなったのではないか。原因はハッキリしている。ハッキリしないこと、つまり、「よく分からない」ということが多すぎるのだ。疑心暗鬼と笑いは結びつかない。立場は異なろうともハッキリしていることは信頼や尊敬、そして笑いにもつながる。笑いは多くを創造する。
「あの仕事は私が・・・・」とか「私が・・・・の頃は・・・・」と言い始めたら年寄りか、政治家だと思えばよいのだが、「私が議員の頃は笑いが沢山あった。プルサーマルも含め大きな対立もあったし、真摯な議論もあったが、一緒に酒を飲みに行ったし、そういう雰囲気を私が作ってきた」
ということで、私45歳にして年寄りになった。オバマは46歳にしてアメリカ大統領になろうとしているのに。CHANGE。
文珍師匠が言う「横の笑い」であるならば、自らをおとしめるところに、「おまえもそうなのか」的な安心の笑いが発生する。仲間としての笑いである。仲間というのは全てが同じと言うことではない。逆に異なったところが明らかであればあるほど、自然と少ない共通点を見いだそうと試みる。違うと言うことは、不安定だし、不安であるからだ。一時の共有であろうとそこには信頼や尊敬がある限り笑いが生まれる。
冒頭の花だが私的にはやはり桜草にしていただきたい。
オオー!オレってやっぱり天災なんだなあ。
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