地震後 日本の原発・柏崎の原発
新潟日報の連載企画「第四部はがれたベール」がいったん結ばれた。元旦、1面トップからというのは評価の分かれるところだが、原発の設置許可、地盤調査に関する国の実態を描いたところは大いに評価したい。
「原発推進派」にとっては確かに見たくない、読みたくない記事も多いと思う。けれども、書きように若干の脚色があったとしても、あれだけ固有名詞が上げられた中での記事は、事実として認めざるを得ないと思う。そして、「過去は過去で仕方ないではないか」的な国責任者の発言は全く残念である。なぜ、柏崎市は大きな声を上げ、これを追求しないのか。
ただ、この記事を読んでもなお、原発は今必要なのだ、という私の立場は変わらない。未だいわゆる「原発容認派」である。
私がずうっと書き続けているのは、日本に原子力発電所が本当に必要ならば地盤を含め、正に根本からその存在のしかたを問い直さなければならないのではないか、というものである。東京電力の責任もさることながら、国は国策としての原子力を、地震大国の日本でどのように位置づけ、どのように安全を確保していくのか、それをしようとする覚悟や情熱を見せるべきだ、という強い思いである。
「想定外であった」と半ば冗談のように片づけられてはたまらない。そして、結果オーライで、先進国と呼ばれる日本が、それで終わらせていいのかという思いである。
更に、私にとって重要なのは柏崎である。原子力行政に、原子力安全、原子力規制に、組織見直しに、原子力立地地域での災害復興の法体系の整備に、柏崎がその主体的な、先導的な働きを行い、大きな声を上げるべきなのだ、と主張している。経済はその後に付いてくる。必ず付いてくる。
私は現段階で2つの事実を重要視しなければならないと思う。
1、国や東電が無いと言っていた活断層が、原発のすぐ近くに存在していたと言う事実。
1、想定以上の揺れがあったわけだが、結果として重大な事故には至らなかった事実。(IAEAなどの調査)
私は原発推進派にも原発反対派にも2つのこの事実をよく考えて頂きたい。私自身も原発容認派として新たな組み立てをもう少しよく考えたい。ただ言えることは「今まで通り」では絶対にいけないと言うことだけだ。
| 固定リンク
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- デンノッホ 桜井雅浩(2008.02.29)
- 自給率(2008.02.27)
- イージス艦事故と経済、そして全て(2008.02.21)
- 棒読み予算(2008.02.20)
- 保守、そして進取(2008.02.18)

